鮫神楽
〜 私が見た「鮫神楽」の今② 〜

今回は、三陸国際芸術祭八戸公演コーディネーター 今川和佳子さんによる鮫神楽コラムの続編です。
若手へと受け継がれ、思いをつなげてきた鮫神楽。
今回は鮫神楽の、コミュニケーションについて。
三陸沿岸北端、八戸の鮫神楽、そのさらなる魅力とは?

2月に初めてお会いして約2か月後の4月には、鮫神楽のみなさんとすっかり仲良くなってしまった。鮫神楽の底なしの魅力に、私がすっかりはまってしまったということもあるけれど、もう一つ要因がある。それは「酒」だ(笑)。

いつも稽古が終わると、連中たちが残って、反省会という名の小さな宴が始まるのである。かわいいのは、みなさん飲む気が満々なのにも関わらず、一旦テーブルを片付けようとするところ。そして誰か一人が「のむびゃー」とぽつりと言うと、自然と酒のコップが出てきて、さらにはサバの缶詰と南部せんべい、そしてご馳走のタコの刺身が出てくる。あっという間に空になる1升瓶。。。飲みながら、鮫神楽の歴史やエピソード、お一人お一人の仕事と神楽との関係、子どもへの指導の難しさ、、、など、稽古中には聞くことのできないお話に触れる。

宴の様子

鮫ならではのごちそう

稽古場での一次会では足りなくて、そのまま鮫の飲み屋街に連れて行ってもらったこともあった。鮫の名店「うみばた」には、地元のおとうさんおかあさんがたくさん集っていて、おいしい肴と酒に酔っている心地よいムード。そんな時、衝撃的な光景を目にしたのである!それは、曲がかかったかと思うとお客さんが踊り始めたこと、しかも店にいた人全員が社交ダンスがめちゃくちゃうまいのである!口数の少ない、鮫神楽連中の樋口さんまで踊っているではないか!

打ち上げで「うみばた」

なんだ?ここは一体なんなんだ??フラッシュモブか何かかと、本当に思ったけれど、これが鮫のこの店では当たり前のようだ。さっきまでカウンターに座っていたおばさんが、なんとも軽快な足取りで社交ダンス・・・。昔の八戸では、社交ダンスはできて当たり前、男女の出会いの場でもあったそうだ。そして、海や漁業との結びつきが強い生活風土を持つこの鮫の人々は、とても大らかで明るい。というよりも、彼らの身体の中には踊りや歌のリズムというものが埋め込まれていて、それを演ずるとき、とてつもない喜びがあふれ出ているように見えた。それは、樋口さんたちが鮫神楽に向かっているときの、なんともいえない楽しそうな表情と重なるものがある。 鮫神楽の3つ目の強烈な印象は、酒、そして社交ダンスであった。

「墓獅子」稽古風景

最初に「墓獅子」のことを書いた。鮫神楽は、この「墓獅子」という演目が有名な神楽組で、神仏混交が大きな特徴なのである。鮫の浮木寺というお寺で、お盆の2日間、地元の方々の仏様を供養する舞だが、大勢の観客に披露するようなものではない。故に、市民であってもなかなか見る機会のない、とても貴重なものとして認識されている。権現様が、故人の墓前でむせび泣くように舞う姿は、とても切なく、美しい。カカカッと歯打ちをするその音色は、魂がまた蘇るんじゃないかというくらい鋭くて、あの世とこの世の裂け目を見るような思いがする。
しかしみなさんは、墓獅子以外にもさまざまな演目で神楽が成り立っている、という当たり前のことを、果たしてどれぐらい知る機会があるだろうか??後継者不足といわれる鮫神楽でも、30数演目が現代に残り、継承されている。それを支えているものは果たして何なのだろうか?生活に入り込み、日々の営みのひとつとなっているこの芸能の、真の美しさはどんなところにあるのだろう??
八戸と大船渡で、その魅力をもっと知ることができるかもしれない。

そして、同じメンバーでの再演は2度とないといってもいいくらい、今回奇跡的にメンバーが集結した。鮫神楽の「今」を多くの方に目撃していただきたい。

これまでのコラム

鮫神楽 〜 私が見た「鮫神楽」の今① 〜

八戸市に「鮫町」という地区がある。
三陸国際芸術祭出演、鮫神楽について